砂糖を焦がせば薫る日々

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2.三沢春奈(8)


      8

 邯鄲の夢、というやつだろうか。一瞬かつての自分に戻っていたような気がした。

 目を覚ましたとき、まず目の前に現れたのは愛美の嘲りの表情だった。
「あんた、何しに来たの? 吉原を助けに来たの? ずかずか私の部屋に入り込んできて、その挙句がこれ? とんだお笑い種じゃない」
 春奈は自分の状態を確認する。ベッドの対角線上に位置する部屋の隅に春奈はいた。壁を背にしてしゃがみ込む格好である。後ろ手に縛られており、両足首もテープでぐるぐる巻きにされていた。自分の状態を確認すると、春奈は愛美の後ろにいる男たちに目を向けた。自分を縛ったのは彼らだろうか。男たちは半裸の紗枝をベッドに押し付けている。内心焦りを感じたが、表には出さず、静かに愛美に尋ねた。
「紗枝さんにはもう何か危害を加えてしまったのですか? 直接、体に対して」
 愛美はにこりと笑い、
「まだよ。でも今からお楽しみかな。あんたも見ていなさい。とても楽しくて仕方がなくなるから」
「……」
 春奈は答えずに身をよじった。ビニール製の粘着テープで縛られており、人の力で引き剥がすのは不可能のようだった。体勢的に少し苦しいが、ポケットにどうにか手を伸ばそうとして、
「これ探してるの?」
言われて顔を上げた。ポケットに入っているはずの折りたたみナイフが愛美の右手に納まっていた。
 春奈は下手に身をよじるのをやめると、愛美に問いかけた。
「……なぜ、このようなことを?」
 愛美は鼻で笑った。
「楽しいからという理由では、ダメ?」
「楽しい、ですか?」
「……楽しいというのは間違いかもね。相手のことを気に入っていて、だからこそ自分のものにしたい……そういう理由ではいけないかしら?」
 春奈はその言葉の意味を飲み込み、そして直感した。この人も、私と同じように壊れているのだと。
 愛美は春奈に背を向けると、男たちに言った。
「いいわよもう、やっちゃって」
 男二人は狂喜の表情を浮かべると、間もおかずに紗枝に襲い掛かった。紗枝が悲鳴を上げたが、構わず二人は紗枝を組み伏せ、蹂躙しようとする。
「待ちなさい!」
 春奈が鋭く声を発した。素早く言葉を続け、
「私からにしなさい! 紗枝さんに手を出す前に!」
 その言葉に愛美が目を見開いた。男たちは少しも止まる様子がなかったが、愛美が制止の大声を投げかけると、渋々ながらも応じた。
 愛美が振り返って春奈を見つめてきた。春奈がその視線を真っ直ぐ見返すと、愛美はフンと鼻を鳴らした。
「あんたが紗枝の代わりになるというの?」
 春奈はこくりと頷き、唇を固く結んだ。
 愛美はしばらく考えていたが、やがて、
「紗枝は後回し。こいつから犯しちゃって」
 男二人は一瞬途惑ったように顔を見合わせたが、それでもその指示に従った。春奈の容姿も手伝ったのかもしれない。紗枝をベッドに放り出すと、醜悪な笑みとともに近づいてきた。春奈は体を多少動かしやすい位置にずらし、男たちを黙って睨みつけた。すると短髪の男が若干ひるんだように見えた。そういえば昨日ナイフでこの男の腕を切りつけたんだったか。しかし、今の春奈は両手足を封じられている。ナイフも取り上げられているし、昨日とは状況がまったく違った。短髪も今の絶対的優位に気を取り直したのか、再び笑みを浮かべて迫ってきた。
 男たちの背中の向こうから、愛美の声が聞こえてくる。
「紗枝、よかったね。あんたをかばってくれるって。あんたの代わりにこいつらに犯されてあげるって」
 紗枝のか細い声が後に続いたような気がしたが、よく聞こえなかった。それよりも目の前の男たちが顔を寄せてきて、春奈は若干の不快感を覚える。恐怖はなく、怒りだけがただあった。
 春奈は床の上に仰向けにされた。上半身をどうにかよじって抵抗を試みたが、短髪の男がまたがるようにのしかかってきたので満足にいかない。それでも春奈は声を上げなかった。ここで悲鳴を上げたりしたら、紗枝の恐怖感を煽る一方だから。
 短髪が顔を近づけて唇を春奈のそれに押し付けてきた。かなりの嫌悪感が全身を駆け巡り、鳥肌が立った。さらにキスしたまま服を脱がそうとする。両手で乱暴に胸を揉みしだかれる。もう一人の男が股間辺りもまさぐってきたので、春奈はかなり慌てた。バレたらまずい。
 唇を離し、短髪の男がにたりと笑った。
「昨日の借りはきっちり払ってもらうからな。一回じゃすまさねえ。何度も何度も楽しませてもらうよ」
 春奈は無表情に相手を睨みつける。体を動かそうとするが、どうにもならない。
「無駄なことはするなよ。どうせ汗かくんなら気持ちよくなったほうが、」
「いやです」
 春奈の毅然とした態度に、短髪の男は目を見開いた。
「あなた方に体を汚されるなど、絶対的に御免被ります。そんな事態になってしまうくらいなら、今すぐ消滅したほうがはるかにましです」
 短髪の男は呑まれるように春奈の顔を見つめていたが、やがてふんと鼻を鳴らした。
「じゃあそうしてみろよ。消滅とはいかなくても、舌噛んで死ぬくらいはできるだろ。ほら、やってみろ」
「……」
 沈黙の春奈に男は笑った。
「できねえじゃねえか。なんだかんだで死ぬのは怖いんだろ? 偉そうな口叩くのやめろよ」
 それを聞いて春奈は微笑んだ。
「そちらこそ」
 言った瞬間、春奈は自由になった両手で男の両耳を強打した。
「――いづ!」
 苦痛に顔を歪め、男は思わず怯んだ。
 続け様に春奈は右手で喉仏をつまむや、おもいっきりひねった。短髪はがはっ、と咳き込み、喉を押さえて苦悶した。
 春奈は短髪を押しのけて上体を即座に起こすと、下半身を押さえ込んでいたもう一人の男の首筋に手刀を打ち込んだ。漫画のようにきれいに気絶こそしなかったが、相当効いたらしく、どこか朦朧とした表情で男は顔を上げた。その瞬間を狙い打つように、無防備の喉に向けて、春奈は再び手刀を繰り出した。腰の入っていない手打ちだったが、充分だったらしく、男は悶絶してのた打ち回った。
 一瞬の出来事だった。
「え?」
 愛美が口を開けて呆然となった。
 春奈は自由になった両手で足を縛っていたテープを引きちぎる。立ち上がり、乱れた衣服を何事もなかったように直し始めた。
「な……なんで!」
 春奈は澄まして答える。
「所持品チェックは念入りにしたほうがいいですよ。ポケットだけではなく」
 春奈の右手には取られたものとは別の、小さな剃刀が握られていた。スカートのベルト裏に隠してあったもうひとつの武器。
 愛美は憮然とした表情でナイフを構えた。春奈のナイフだ。
 それを見て春奈は肩をすくめた。
「あなたに贈った記憶はないのですが、よろしければ返していただけないでしょうか。物騒なものですが、私にとっては結構大切なものなんです」
 愛美は剣呑な目つきで春奈を睨みつけ、ナイフを前方に突き出してくる。
 春奈は怯まなかった。
「脅しのつもりかもしれませんが、私には通じません。そんなもの、怖くないですよ」
「……試してやるよ」
 言うが早いか、愛美の腕が素早く動き、銀色の刃が鋭く繰り出された。
 春奈はそれを見て使い慣れているという印象を受けた。小刻みなフェイントを入れることで、こちらは手出しができなくなる。相手の凶器を取り抑えることができれば最善だが、こういう動きをされるとそれは難しくなる。相手もそれを予測した上での動きだからだ。
 ならばその予測を外してみよう。
 ナイフが真っ直ぐ突き出された。春奈は腰を引いてそれをかわす。闇雲に突進してくるような、そんな動きは見られない。ということは、やはり殺す気はないようだ。怪我を負わすことに躊躇はないが、事件になるような大きな怪我は避ける。そんな感じか。
 蹴った。
「!」
 愛美の側頭部を狙い、ハイキックを打った。あまりに予想外だったのか、愛美はまともにそれを喰らった。真横になぎ倒され、愛美はナイフを取り落とした。
「――こ、この、おま、く、」
 意味をなさない声が漏れる。愛美は立ち上がろうとするがなかなか立てない。手ごたえはあったので、脳震盪でも起こしているのだろう。
 春奈はその横を通り過ぎ、ベッドの上の紗枝に寄り添った。
「紗枝さん、助けに来ました」
 紗枝はうつむいて小さく頷いた。とりあえず春奈は拘束を解いてやる。ハンカチを吐き出すと紗枝は二、三度咳き込んだ。それでも何か言おうと口を開く。
「は、春奈ちゃん、あの……」
「無理をなさらないで下さい。後からでもゆっくり話はできますから。立てますか?」
 紗枝が頷くのを確認すると、春奈は散乱していた服をかき集めて渡した。紗枝はおずおずと身に着けていく。その間に春奈はナイフを拾い上げ、愛美に近づいた。
「……救急車くらい呼びましょうか?」
 愛美は春奈をうつろに睨んだ。
「何の嫌味よそれは……」
「いえ、多少なりとも、あなたの心情は理解できるので」
 愛美は眉を寄せる。
「どういう意味よ」
「同類なんですよ。私とあなたは」
「……」
 愛美は剣呑な目つきのまま春奈を睨む。
「……妙な冗談を言うのね」
「冗談ではありません。あなたは他人に愛されたいのでしょう?」
「――!」
 愛美は呆然となった。
「あなたの生い立ちや背景は知りませんが、なんとなくそういう印象を受けました。でも、あなたは他人をほとんど信用していません。だから愛されることを諦め、一方的に愛することを選んだのではないですか? たとえそれで相手を傷つけることになっても」
 春奈は淡々と語った。
「紗枝さんはとても誠実な方です。そこをあなたは気に入ったのでしょうね。でも、そんなやり方では誰も受け入れてくれないですよ。遠ざけられるだけです、そのやり方では」
 春奈はそれだけ言うと、振り向いて紗枝の着替える様子を確認した。制服は皺だらけだったが破れたところもなく、往来を歩いても支障はないようだった。
 春奈は紗枝に向かって頷き、立ち上がろうとした。が、
「春奈ちゃん!」
 紗枝の叫びを受けて、春奈は素早く振り返った。
 上体を起こした愛美の手に、刃渡り十センチ程度のナイフが握られていた。
 春奈は目を見開いた。そういえば、彼女は別にもう一つ自分のナイフを持っていて――
「あんたの言っていることは正しいよ」
 愛美は皮肉気に笑い、
「でも、別にあんたに言われる筋合いはない」
 そのまま躊躇なく手持ちのナイフを春奈の胸へと突き出した。
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