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砂糖を焦がせば薫る日々

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2.三沢春奈(6)


      6

 たとえば自分に特別な力があったら私はどうするだろう。
 映画の『キャリー』のように超能力に目覚めたら、あんなふうに恨みのある相手を虐殺したりするのだろうか。
 絶対に無理だと思う。
 他人に危害を加えられて喜ぶ人はいないだろう。自分もそんなのはいやだ。しかし一方で相手を傷つけるのにも抵抗がある。そんなことで自分の手を汚したくない。
 人を傷つけるのは怖いことなのだ。昨日の出来事でそれを思い知った。私は強くはなれない。
 春奈のように躊躇なく立ち向かうことなどできない。
 紗枝はそんな思いを胸の裡で考えながら、いつもの場所に来ていた。
 学校から二百メートルほど離れたところにある賃貸マンション。五階建ての立派な建物だが、実は入居者が少ない。理由は簡単。この辺り一帯が学生街だからである。設備重視の造りをしているので住みやすいことこの上ないが、その分家賃が高い。月十万を超える。そんな物件に早々手を出せるものがいるはずもなく、現在部屋全体の四割が空き部屋だったりする。
 そんなマンションの入り口前に、紗枝は一人で立っている。
 雨の勢いは並。強くもなければ弱くもない。風があまりないので、おとなしめに感じる。
 紗枝は傘を畳み、重厚な扉の横、壁に設置されているナンバー型のインターフォンに手を伸ばした。金をかけているだけあって防犯設備は整っている。紗枝は緊張気味に指定の部屋番号を押した。
しばらくして扉の鍵が外れる音がした。
 紗枝は傘を畳んで濡れた手で、ゆっくりと扉を押し開き、建物の中に入った。
 昔家族でドライブに出かけたときに事故に遭って以来、紗枝は狭い場所や乗り物に乗ることを少し恐れるようになった。決して乗れないことはないが、必要なとき以外は乗らない。エレベーターも少し苦手だ。
 だから紗枝はこういう場所ではいつも階段を使う。高層ビルだったりするとまた別だが、幸いここは五階建てなので紗枝はエレベーターの横にある階段を使う。
 多少早歩きになるのは相手の機嫌を損ねないため。息せき切って走ることはないが、それでもそれに近いくらいのスピードで急ぐ。
 相手が待っている五階の一室の前まで着くと、紗枝は小さく深呼吸をした。そしておもむろにベルを鳴らす。
 しばらくして、返事がインターフォンを通して返ってきた。
『入って』
 紗枝は言われたとおりに部屋の中に入った。
 部屋は一人暮らし用とは思えないほど広々としている。2DKで浴室とトイレは別々。ベランダに加えてロフトもある。壁や床はその辺の安アパートとは比べ物にならないくらいほどに厚く、防音がしっかりなされている。
 紗枝は奥の部屋に足を踏み入れた。
そこには一人の女生徒がいた。ベッドに腰掛け、自身の長い髪を手に巻きつけてもてあそんでいる。
「やっほ、紗枝。ごくろうさん」
 微笑を浮かべながら楽しげに板倉愛美(いたくらまなみ)は言った。
 紗枝は愛美を一瞬だけにらみつけたが、意に介さない表情でまともに見つめ返されたのですぐに視線をそらした。
「んじゃ、とりあえず出してよ、お金」
「……」
 紗枝は何も言わず、黙って鞄から財布を取り出した。中には結構な額が納まっている。
 愛美は財布を受け取ると中身を検め、その中から数枚のお札を取り出した。額を確認すると、それをポケットにしまう。
「財布返すわ。ありがとね」
「……」
 紗枝はやはり何も言わない。
 この上級生にバイト現場を見られたのが始まりだった。
 普段なら絶対に一般の人と出くわすことはないのだが、ある日あの店から出るところを目撃されてしまったのである。
 勘がいいのか、すぐに愛美は紗枝が校則違反のバイトをしていると見当をつけ、次の日には早速揺さぶりをかけてきた。携帯のカメラにその瞬間が収められているのを見せられて、紗枝は仕方なくそのことを認めた。そして誰にも言わないでほしいと懇願した。バイトをやめることになるのはともかく、お世話になった店の人たちにまで迷惑をかけるわけにはいかなかった。遡れば中学のころからバイトをしていた紗枝である。調べが入ったら、営業にも支障が出てくるかもしれない。それだけは避けたかった。
 愛美の出した条件は、バイト料のいくらかをこちらに回すということだった。それですむのなら、と紗枝は了承した。
 以後、紗枝は月に二度、必ず呼び出されて稼いだお金を愛美に渡している。もちろん渡したくないが、愛美は極端な額を要求してこなかったので、紗枝も反発しなかったのである。相手が先輩ということもあり、恐れている部分もあった。
 だから、この程度で済むのなら、紗枝は大丈夫だと思っている。春奈が心配するようなことは何もない。
 紗枝は財布を受け取ると、そのままバッグに直して帰ろうとした。
 それを、愛美が呼び止める。
「あのさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
 紗枝は振り返る。早くこの部屋から出たくて、紗枝は少し不満げな顔を愛美に向けた。
「そんな顔しないでよ。すぐ終わることだからさ」
「……なんですか?」
 初めて紗枝が口を開いた。本当に早く帰してほしい。
 愛美は言った。
「昨日さー、あんた駅裏の橋の辺りにいなかった?」
「――!」
 紗枝の表情が一気に蒼白になった。
 まさか、あれも見られていたというのか?
「……何の、こと……ですか?」
 震える声で紗枝は呟く。
 愛美はにっこり微笑んだ。
「かわいいね、あんた。前から思ってたけど、吉原は本当に素直ないい子なんだね」
「……っ、何を言っているんですか」
「だって……あんた、嫌にならない? 先輩に呼び出されて、お金まで取られて。それでも額はたいしたことないから、誰にも言わずに自分の中に秘めておくなんて。助けてもらいたいとか思わないの? バイト先には迷惑かけるけど、しょせん他人じゃない。まあ、バッチリ内申に載っちゃうからそれで控えているのかもしれないけどさ」
「……いいじゃないですか、どうでも」
 愛美はまた笑う。
「わかってる。あんたはそんなこと考えたりしない。あんたは他人を大事にするからね。でもそれは他人のためじゃない。人に嫌われるのが怖いから、あんたは他人を大事にするんでしょ? 私、そういうの好きよ」
 愛美の言葉に紗枝は恐怖を覚える。この先輩はよく人を見ていると思う。人の本質をよく捉えている。そして捉えすぎるがあまり、どこか怖さを感じるのだ。
「でも、ちょっと素直すぎるかな。隠し事苦手でしょ? 顔にすぐ出るもの」
「……結局、何が言いたいんですか」
「本当はね、こんな金どうでもいいんだ。けど、あんたが必死でやっているのを見るとさ、いじめたくなっちゃって」
「……」
「だから、お金はもういいよ。これも返してあげる。これまでに貰った分ももう少ししたら返してあげるからさ」
「……」
 紗枝は呆然と愛美を見た。何を言っているのだろうこの人は。
 いきなりこんなことを言われて手放しで喜ぶほど、紗枝もお人よしではない。何かあると思い、次に相手が何を言うのか身構える。
 愛美はそんな紗枝の様子にくすくす笑い出した。
「そう、そういう姿を見るといじめたくなっちゃうんだよね。強くもないのに一人で何とかしようとしているのがかわいくてさ。本当、――――踏み潰したいくらい」
 そう呟いた愛美の表情は、誰の目にも凄惨さを感じさせるくらい狂気に満ちていた。思わず紗枝は後ずさった。
 そのとき、後ろから足音が聞こえた。
 振り返ろうとした瞬間、その口元をふさがれた。
「――――」
 相手の顔を確認した瞬間、紗枝はもう心が砕けそうなほどに恐怖した。
 目の前に昨日の二人組が獰猛な笑みを浮かべて立っていた。



 その様子を、愛美は微笑しながら眺めている。
「ん――っ」
 がむしゃらに暴れようとする紗枝の体を二人は無理やり押さえつけた。愛美がゆっくり立ち上がり、場所を譲る。空いたベッドに二人組は紗枝を連れ込む。
 愛美はくすくす笑いを抑えきれずにいる。とても、楽しそうだった。
「ごめんね、吉原。昨日こいつらにあんたを襲うように言ったのは私なんだ。いや、でも別に私はあんたが憎くてやっているわけじゃない。むしろ逆。私はあんたみたいにかわいい子がとても好きなの。昔からあんたみたいに素直でおとなしい子が大好きでさ。なんていうか、私Sなのかな? そういう子を見つけると、ついいじめたくなっちゃうの。今までにも何人かちょっかい出してきたけど、みんなかわいかったよ。泣いて泣いて哀願する様子なんか、特に」
 紗枝はもちろんそんな言葉など聞いていなかった。激しく抵抗するのに必死で、それどころじゃない。体を無遠慮に触られるのは強烈な生理的嫌悪感を催し、まるで体の中が砂利や泥で埋め尽くされるような、不快と違和で全身が覆われる感じだった。
「大丈夫。怖いかもしれないけど、すぐにどうでもよくなるよ。こいつらにどうにかされるのは嫌かもしれないけど、後で私が癒してあげる。男に抱かれるより女に抱かれるほうが楽だもの。傷ついても私は嫌ったりしない。そんなことで私は吉原を嫌いになったりしないから」
 自分だけの勝手な理屈と感情で語る愛美の表情は恍惚に満ちていた。彼女が紗枝を好きだという気持ちは本当なのだろう。その愛し方が歪なだけで。
 紗枝は服を脱がされ、口にハンカチを突っ込まれた。手足も拘束され、もうどうすることもできない状態だった。
 紗枝は声もまともに出せず、ひたすら涙を流すことしかできない。その涙を愛美はただ見つめる。綺麗なものにただただ感動しているかのように見つめる。
 そのとき、

 ピンポーン

 愛美ははっと興奮から醒めた。
 誰も来ないはずなのに、と愛美は顔をしかめる。男たちにストップというと、二人は不満げに愛美を見やった。お楽しみを邪魔されたことに若干いらだっている。
「なんだよ」
「誰か来たわ」
「……居留守使えばいいだろ」
「……まあ確かにそう――」ピンポンピンポンピンポンピンポンピポピポピポピポ「……いうわけにもいかないかも」
「……」
 私が見てくる、と愛美は言い、その間妙な真似をして騒がしくしないようにと付け足した。二人は小さく舌打ちしたが、少しの辛抱だと頷く。紗枝は体ごと抱きしめられて、一切の動きを封じられた。ハンカチを口に突っ込まれているため声を上げることさえできない。
 愛美は玄関に行くと、覗き穴から相手の正体を確かめた。部外者はそもそもこの建物内に入ることもできないはずなのだ。誰かが部屋を間違えているのだろうか。
 覗き穴から見えた人影は、愛美の記憶にある人物だった。
(こいつ、昨日の……)
 三沢春奈だった。
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