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砂糖を焦がせば薫る日々

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2.三沢春奈(5)


     5

 紗枝の祈りを聞き届けてくれる神様はどこにも存在しないらしく、時はいつもと同じように流れ、あっという間に朝になった。
 天気は雨。梅雨前線はどうやら一日しか休みを取らなかったらしく、どんよりした空の色と冷たい雨粒の落下攻撃に紗枝はため息をついた。
 とはいえ今日は土曜日である。授業は午前中だけなので(私立ということもあって土曜日にも授業を設けている)、たいした労力でもない。母は昨日のこともあったので今日一日くらい休めばと言ってきたが、下手に休んで友達に理由を尋ねられるのも嫌なので、紗枝は首を振った。母の曇り気味な顔に紗枝は無理に微笑んで見せた。大丈夫だから、と。
 教室に入ってすぐに春奈と目が合ったが、向こうはこちらに対して近寄ってくるでもなく、ただ微笑んでぺこりと会釈をしただけだった。それもやはり気遣いなのだろう。何も言ってこなければ何も聞いてこない。いじめのことも、何も。



 数学の授業中。紗枝は中学の頃を思い出していた。
 紗枝がバイトを始めたのは中学三年のとき。バイトといっても知り合いのお店を軽く手伝う程度で、本人に働いているという意識はまったくなかった。ちょっとした小遣い稼ぎ。そんな程度に思っていた。
 そんなバイトを本格的にやりだしたのは父のリストラがきっかけだった。高校入試を半年後に控えた頃の、いきなりの出来事。積み立てた貯金で学費はなんとかなるかもしれないが、収入がいきなり途絶えたことで将来の生活に対する不安は増した。紗枝は少しでも家計の足しになればと思い、バイトに励むことにしたのだ。
 もともと成績はよかったので、入試への不安はまったくなかった。店側も紗枝の家庭の事情に理解を示してくれたので、問題なく働くことができた。もちろん義務教育を修了していない子供が働くのは違反も違反だったが、店自体小さく、紗枝も客の目には留まらない中の倉庫で働いていたので、ばれることもなかった。
 半年後、紗枝は無事志望校に合格した。父は地方に就職先を見つけて、単身赴任することになった。収入は減ったが、将来に対する不安は以前ほどではなくなっていた。それでも紗枝はバイトを続けることにした。家計が楽になったわけではないし、なにより働くことがとても楽しかったから。
 高校に入学してから校則でバイトが禁止されていることを知ったが、今さらやめる気はなかった。中学のときもやっていたのだから、大丈夫だと思っていたのだ。
 しかし――



 紗枝の携帯にメールが来たのは帰りのホームルームのときだった。紗枝は机の影で画面を確認すると、思わず歯噛みした。
 担任が教室を出て行きクラス全体が騒がしくなる中、紗枝はさっさと荷物をまとめて出て行こうとする。そこに、
「紗枝さん」
 その声の主が誰なのかはすぐにわかった。だが紗枝は、後ろからかけられた声に気づかないふりをした。教室を出るや半ば駆け出すように階段へと急ぐ。
 春奈が自分を気にかけてくれるのは正直嬉しい。しかし彼女には関係ないことだし、それ以上に彼女に関わられるといろいろ面倒なのだ。
 紗枝は自分がいじめにあっているとは思っていない。いじめとは少し事情が違う。なぜなら自分は相手に敬遠されたり嫌がらせを受けているわけではない。
 ただ、脅されている。
 たかられていると言ってもいい。
 本当にうっとうしいことだが、自分は相手に真っ向から対峙できるほど強くもない。身体的にも、精神的にも、立場的にも。
 紗枝は煩わしい思いを抱きながら、待ち合わせの場所へと向かう。



「紗枝さん」
 春奈は紗枝を引きとめようとしたが、紗枝はその声に反応せず、さっさと教室から出て行ってしまった。
 声が聞こえなかったということはないだろう。あえて聞き流したのだ。おそらくは春奈を関わらせたくないか、あるいは関わってほしくないために。
「……」
 春奈は険しい表情になる。
 周りは次々と荷物を持って帰宅の途へつこうとしている。
 春奈は意を決すると、素早く鞄を引っつかみ、紗枝と同じく教室を出ようとドアへと足を向けた。
 そのとき、いきなり横合いから何かに引っ張られた。
「え?」
 驚いてぱっと振り向くと、クラスメイトの河菜由衣がひどく心配そうな目つきで、春奈の制服の袖を掴んでいた。
 春奈は突然のことに目をしばたたかせた。
 由衣の隣には姉の美咲が立っていた。妹の突拍子ない行動に、やや困惑気味のようである。
「ちょっと、どうしたの由衣?」
 美咲が言い募るのを由衣は小さく手を上げて制した。その行動が意外だったのか、美咲は呆気に取られて口をつぐむ。
「……なんですか?」
 ゆっくりと、春奈は尋ねた。
 由衣は気弱げに袖を掴んだまま、虫の羽音のようにか細い声で言った。
「あの……私、春奈ちゃんが何をする気なのか知らないけど、その……」
「?」
「き……気をつけて。何か……すごく危ないことが起きそうな気がするから……」
 そう言うと、由衣は恥ずかしそうに顔を伏せた。
 春奈は表情を変えなかったが、内心で困惑していた。美咲もよくわからない顔をしているが、それは単に妹のいきなりの発言に戸惑っているだけのようだ。しかし春奈にとって由衣の言葉はかなり衝撃だった。
 彼女には何も話していないのだ。この教室で春奈が起こしたアクションは紗枝に声をかけたことと、教室を出ようとしたことだけだ。それなのに目の前のクラスメイトはまるですべてを見透かしたようなことを言う。
「……それは、忠告ですか?」
「わ……かんない。でも、言わずにはいられなかったから……」
 春奈はふっと笑むと、由衣に言った。
「カンがいいのですね、由衣さんは」
「え?」
「でも大丈夫です。友達が待っていますから」
 心配してくださってありがとうございます。それだけ言うと、春奈はきびすを返した。
 外の廊下には、木元恵が立っていた。
 この優等生まで用があるのか、春奈をまっすぐ見つめてくる。
「ついていこうか?」
 そう、言われた。
「なんですか、木元さんまで」
 苦笑して返すと構わず恵は続けた。
「由衣ちゃんの言ったことが気になってね。あの子のカンはこういうときには冴えてるよ。前にも似たようなことがあったから」
 聞いていたのかと春奈はため息をつく。しかし、別に特別な何かをしようというわけではない。紗枝に確認を取って、彼女の悩みを取り除けるならば取り除いてあげたいと、そう考えているだけだ。
「心配御無用です。ちょっと友達に会ってくるだけですよ」
「……」
 恵の視線を振り切って、春奈は足早に教室を後にした。



「もう、いったいどうしたのよ由衣」
 美咲の呆れ顔に由衣は口を尖らす。
「だって……」
「ハルちゃんのことが心配なの?」
 うん、と頷く由衣。
「といってもねえ……何をするのかもよく知らないし」
「人助けね多分」
 背後から不意打ち気味に発されたその声に、美咲はびくりと身を竦ませた。
「け、恵ぃ……驚かさないでよ」
「油断大敵。それより三沢さんのこと」
 恵は美咲の恨み言を軽くスルーして、話題を切り出した。
「由衣ちゃんは気になるのよね?」
「うん」
「根拠はない?」
「うん……」
 春奈がそこで口を挟む。
「気になるならついていけばよかったんじゃない?」
 由衣はそこで自信なさげに、
「でも……」
「何泣きそうな顔をしてるのよ。私もついていくに決まってるでしょ?」
 それを聞いて由衣の顔が一気に和らぐ。
「今廊下でそう提案したら、断られたけどね。心配御無用、だって」
 恵がその表情をぶちこわすようなことを言った。
 由衣の表情が曇りかけたが、恵は間髪おかずに続ける。
「だから、黙って後ろからついて行くのが一番かと」
「……尾行?」
 美咲が少しのってきたのか、わくわくした口調で聞き返す。恵は肩をすくめて、
「本当は黙って一人で行こうかと思ったんだけどね。……でも、急がないと追いつけないよ」
「じゃ、さっさととっとと行きますか!」
 元気いっぱい宣言する美咲に、由衣はこくこく頷く。
「ただし」恵がそこで一言。「私たちの手に負えないようなことだったら、下手に口出ししたら駄目だからね」
 それを聞いて由衣が首を傾げた。
「え? それって、」
「たとえば個人的な友人関係のトラブルとか、家族の問題とかだったら、私たちが中途半端にアドバイスしても迷惑なだけでしょ? そもそも、由衣ちゃんの気のせいということも十分ありうるから」
 というかその可能性のほうが高い。
「あう……」
 由衣が少し落ち込んだような顔でうつむく。
「まああんまり考え込まないでね。私もそれをわかった上で尾行を提案してるんだから」
 フォローのつもりなのか、恵はすぐに付け加えた。あまりフォローにはなってないが。
 美咲は笑い飛ばすかのように明るく言った。
「由衣。大丈夫よ。お姉ちゃんがついてるから」
「ごめんね……」
「そういうのはなし。まあ、今日の夕食は由衣一人でやってもらうけど」
 気軽に気さくに語る美咲に、由衣は小さくはにかんだ。
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