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砂糖を焦がせば薫る日々

サイト更新と読み物を少々

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虫とか記号とか文章とか

もうすぐ9月も終わりですね。

こんにちは、かおるさとーです。

半年ぶりのブログで何を書いていいのかさっぱりです。
何でも書いていいんですけどね。
でも、まあ、うん、適当に。

ああ、そうだ。あの話を書こう。
我が家に巣くう虫の話。
いや、Gではなくて。アリです。蟻。



※ちょっと虫の話をしますから、虫嫌いの方は読まないでください。



今年の夏も暑かったですね。
個人的に暑さはまだなんとかなると思っています。
夏ってきらいじゃありませんし。
ただ、夏は虫が多い季節でもあります。それはちょっといや。
虫嫌いかというとそういうわけでもないんですけど、アリがちょっと嫌です。
食べ物をほんの少し外に出しているだけでたかってきますからね。
コンセントの穴とか窓の隙間からどんどん部屋に侵入してくるんです。
これは田舎特有のことなのでしょうか。それとも我が家の庭が木々の生い茂る密林のような庭だからでしょうか。たぶん後者だ。
部屋を綺麗に片づけて、PC周りも綺麗に掃除して、自分の部屋で食べ物なんてまったく食べないようにしているのに、それでも集団で入ってくるアリの大群。
ベッドを通り道にしたりしますから、これはストレスになります。
気付かずに薄着で横になっていると、体を這いまわられることになります。
もちろん私の体がおいしいからたかるわけではなく、ただそこに現れた障害物を乗り越えようとしているだけなのでしょうけど。

その点、冬はいいですね。
冬にはほとんどの虫がいなくなりますから、それはそれは快適に過ごせます。
寒いのは苦手です。冬の寒い日にタンスや戸棚の角に足の小指をぶつけたときの痛さは尋常ではないですよね。あの痛みはこの世で嫌いなものベスト5に入ります。それだけじゃなくて、肌を刺すような痛い寒さはとっても苦手です。
そういうわけで、冬って正直好きじゃないのですけど、虫がいないというのはすばらしいことですし、もしかして:好きになれる?
まあ、今しばらくの辛抱です。



※虫の話終わり



全然違う話をしましょうか。

小説を書いていると、絵文字や記号の扱いが気になることがあります。
絵文字や記号って、今や当たり前のように使われていますけど、元々は日本語にないものなわけですから、あまり小説では使われてこなかったと思います。
とはいえ「?」や「!」くらいは、物書きさんの間では戦前からそこそこポピュラーなものとして認識されていたのではないかと思います。明治や大正の作家さんも普通に使っていますからね。これは明治以降、欧米の言語や文学に影響されたためではないかと考えられます。
ここで話題に取り上げるのは、現代のエンターテインメント小説やライトノベル、WEB小説で多く使われる記号についてです。
「♪」や「♡」のような記号を会話文末につけるという方法があるわけです。
おそらくは漫画のフキダシなどで使われていたのが小説でも使われるようになったのだと思いますけど(ちゃんと調べたわけではないのでほんとのところは知りません)、これ、読者には結構好き嫌いがあるらしいんですよね。
私はおもしろければなんでもいいやという考えが強いので、こういう記号が使われていても全然気にしない方で、むしろそれが効果的ならもっとやってもいいんじゃないかとさえ思うのですけど、読者には様々な方がいて、当然これが気に入らない人もいるわけです。
実のところ、いまどきのライトノベルではハートマークなんてあまり使われていないように感じるのですけど、美少女系の官能小説とかエロ漫画とかでは結構頻繁にハートマークが使われるんですよね。好きとか気持ちいいとか、そういう情感を表すのに便利で分かりやすいですしね。そういえばエロゲーではどうなのかな。あんまりやったことないからわかりませんけど、ああいうのでも多く使われるのかな。視覚に訴えてきますしね。
でも、そういうのじゃなくて、昔からの一般的な小説を好んできた人にとっては、ハートマークのような記号は異質に感じるのでしょう。さすがの漱石や鴎外も、ハートマークは使ったことないと思うし。というか昭和以前の小説では読んだ覚えがないし。あ、でも私が知らないだけで「♪」や「☆」はあるのかもしれません。いや、どうかな。やっぱりないかな。いつ頃から使われ始めたのかな。
で、私はハートマークは使ったことないけど、「♪」はたまに使います。音符から視覚的に軽妙さや楽しそうな感じが伝わればいいなと思って使うのです。
しかし、この前「ハートマークとか音符とか記号使いまくるのは馬鹿っぽくて受け付けない」という意見を目にしまして、もしかしたら私の文章もそういう風に見られたりしているのかな、とちょっと顧みました。自意識過剰でしょうか。
でも、もしもそういう記号の有無がかえって読みにくさを助長させているのだとしたら、それはやっぱり控えた方がいいのかなとも思うわけです。元々深いこだわりがあって使っているわけではありませんし、基本的には読みやすさを第一に考えた文章を書きたいです。
あ、どちらが上とか、そういう話ではありませんよ。プロの有名な作家さんが書く作品ならいざ知らず、芸術性とか文章力とか、そういうものを無理に意識する必要はないのではないでしょうか。背伸びしても楽しくないですし。でも読んでくれる人がいるなら、読みやすさだけは大事にしたい。
個人的には嫌いじゃないというか、むしろ好きですけどね、ハートマーク。「あっ、だめ、だめなの、あっ♡ ああんっ♡♡♡」とかそういうの読んでるとだんだんおもしろくなってきますよね(台無し)

ところでハートマークは環境依存文字ですけど、八分音符はそうじゃないんですよね。音楽記号の方が市民権を得ているのでしょうか。そういえばテレビのテロップでもハートマークや音符は頻繁に使われていますけど、ああいうのが浸透したのっていつごろからなのでしょうね。そうやって考えていくと興味が尽きません。



そういえばツイッターで「物書きにとって文章とは規定量まで文字数を削っていく作業で、素人にとっての文章は規定量まで文章を盛る作業だ」というつぶやきを見かけました。
私も規定量まで文字数を削ったことは何度もあるので、この観点から見れば私も素人ではなくきちんと物書きなのかなと思ったのですけど、これが正しいかどうかは別として、このつぶやきを見てちょっと考えたのは、「素人という言葉に甘えてはいけないのではないか」ということでした。
私はプロではありません。しかし小説を書く、文章を書く、そういうことをもう20年近く続けています。
WEB上で自作小説を公開してからは10年近く経ちます。
玄人ではないかもしれないけど、少なくとも素人ではないのかもしれないと、思ったのです。
どういえばいいのでしょうか、高校野球や大学野球で3年間4年間、さらには社会人野球で10年間野球をやり続けてきた人を、はたして素人と呼んでいいのかとか、そういう話に近いです。
「プロ以外は素人」という考えならともかく、私の認識では素人とは「まったくその分野に馴染みのない、経験のない人」というものなので、そういう観点では自分のことを素人とはとても呼べません。アマチュアではありますけどね。
「自分はまだまだだ」と思うことは大事ですけど、自分を軽く見過ぎることはよくないです。これまでの自分がやってきたことを、たとえ趣味の範囲でも、大事に認めてあげて、それに見合うように努力をするというのは、なんといいますか、私が私であるためには大切なことではないかと思うのです。
曲がりなりにも何年も文章を書いてきたのだから、これを今後も続けていくのなら素人だなんて思わず、しっかりと書けるものを書いていかなければならないし、書いていきたいと思うこと、それを願うのはきっと私にとって今後の背骨になるのではないでしょうか。
そんなことを、ツイッターを見ながら思ったのでした。
うん、やっぱり文章にすると、ある程度考えや気持ちが整理できますね。



まだ自作は書きあがりませんが、pixivに古典部の二次創作をアップしました。
興味がある方はどうぞ。短いですが、奉える同棲18禁話です。

『二度寝をするには遅すぎる』

11月30日に発売される新刊・『いまさら翼といわれても』も楽しみですね!(12月の〈小市民〉シリーズ新作『巴里マカロンの謎』も)

かおるさとーでした。
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