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砂糖を焦がせば薫る日々

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長い感想(野性時代11月号の感想です)

こんにちは、かおるさとーです。

ようやく野性時代11月号を手に入れました。米澤穂信特集号です。
私が米澤穂信ファンであることは、ツイッターではもう何度もつぶやいてきたのですが、そっちは見ていないという方のために、再度。私は米澤穂信さんの小説が大好きです。
それは別にアニメ化した〈古典部〉シリーズや、人気の高い〈小市民〉シリーズに限りません。全作品好きです。『折れた竜骨』とか『儚い羊たちの祝宴』とかとてもすばらしいです。個人的には『追想五断章』が好きなのですけど。
で、今月発売の野性時代11月号で米澤穂信特集が組まれるとあって、結構前から楽しみにしていました。たしか、4月くらいから。(北村薫さんとの対談の中で古典部新作の話が出ていたのです)
半年分の想いをこめて、勇んで書店へと向かうと、品切れの様子もなく、ちゃんとありました。それでも若干分減っているように見えたので、幾人かの米澤穂信ファン、アニメの氷菓ファン、野性時代の定期購読者などがいつもよりも多く買っていったのでしょう。
さて、「わたし、米澤穂信が気になります」という表紙のキャッチコピーが目を引きますが、書店で手に取った最初の印象は「薄い……」でした。
ええと、月によってページ数はまちまちなので、これくらい(400ページ)のときももちろんあるのですけど、なんといっても特集号ですから、もっと分厚くて読み応えのあるページ数の方が、なんとなく期待が持てるじゃないですか。
でも、中身を読み進めていくと、とても充実した特集内容でした。






※以下は今月の野性時代の内容に触れるので、ネタバレを避けたい方は読まないでください。






特集は全部で6項目。

・村上貴史さんの評論
・本人が語る米澤穂信のマイルストーン
・対談 綾辻行人×米澤穂信
・鎌倉洋館探訪記
・米澤穂信に30の質問(質問者・道尾秀介、辻村深月、谷川流、賀東招二、佐藤聡美、タスクオーナ)
・〈古典部〉シリーズ短編『長い休日』

まあ、大部分の方が一番最後の短編に目を向けていると思うのですけど、他の企画もいい内容でいっぱいでした。
お気に入りはやっぱり綾辻先生との対談ですね。米澤先生と谷川流先生がとあるパーティーの席で古典ミステリ談義に花を咲かせていたエピソードとか、しかもそのときの内容がフランシス・アイルズの『殺意』の話だったとか(普通にミスオタの会話やん)、『折れた竜骨』よかったよだけど一番好きなのは『儚い~』だよとか、読者を“その気”にさせることが小説家の仕事だよとか、

この対談すてき! ちょうすてき!(テンションだだ上がり)

特に「読者を“その気”にさせる」というのは、ミステリに限らず、読み物において最も重要なポイントだと思いました。さすが綾辻先生です……。あ、ちなみに私も米澤先生と同じく『時計館の殺人』が館シリーズで一番好きです。

鎌倉洋館探訪記は、米澤先生の解説や建物の美しさも手伝って、洋館巡りしたい! という気になります。させてくれます。「洋館巡りはミステリ作家の仕事のようなもの」と米澤先生はおっしゃってましたけど、や、プライベートでもじっくりゆっくり巡ってみたいですはい。

質問コーナーはどれも質問者の個性や米澤先生との関係性が表れていておもしろいのですが、その中でタスクオーナさん(漫画版『氷菓』作画担当)がこんな質問をされてました。

Q.物語を生みだすとき、文章が浮かぶのですか? それとも映像が浮かぶのでしょうか?
A.これははっきりしています。文章です。文章から起こして、過不足や矛盾がないか映像を確認する感じです。

ほ、ほうほう。そうなのですか! なるほど……。
や、他の方々が(ましてやプロ作家が)どのように物語をイメージしているのか、全然知らないわけで、すごくおもしろい部分だと思ったのです。
米澤先生はまず文章ありきなのですね。それがあの読みやすくも流麗な物語につながっているのかもしれません。
あと、連城三紀彦さんの文章を筆写したことがあるというエピソードもありましたが、それはわかる気がします(笑)あんな文章、書いてみたくなりますよね。

あと、「マイルストーン」の項目で気になったのは、米澤先生の初クリスティ作品は何か、ということ。中学時代に『なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?』を読んだことが書いてありましたが、これが初クリスティなのでしょうか。だとしたら珍しいパターンかもしれません。
クリスティは数々の名作を世に出しているので、初めて読むなら『そして誰もいなくなった』などのメジャーな作品か、時代順に追って『スタイルズ荘の怪事件』から入るのが多いのではないかと思ったのです。
しかし、「当時(中学・高校時代)はミステリというジャンルを意識して読んではいなかった」とおっしゃっていて、それで納得しました。たしかにミステリという意識がなかったら、有名作にこだわる必要はありません。
『なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?』は印象に残るタイトルなので、つい手に取ってしまったり、これを読んでみようと思ってしまうのは自然なことだと思います。(ただしハヤカワに限る。創元推理文庫から出ている『謎のエヴァンス』とか新潮文庫の『謎のエヴァンス殺人事件』というタイトルは、かおるさんちょっとどうかと思うんだ)

……とかなんとか言いながら、普通に『スタイルズ荘』から読んでいる可能性も否定できませんよね!(『クドリャフカの順番』でわざわざタイトルを挙げているあたりどうでしょうか)





さて、それでは『長い休日』の感想を書きます。(前フリ長い)





※ここからは〈古典部〉シリーズ最新作『長い休日』のネタバレが多分に含まれています。また、過去作品についても多少触れています。未読の方はお気をつけください。











えっと、まずですね、とてもすばらしいお話でした。

とても、すばらしいお話でした。

去年の野性時代8月号(105号)に掲載された短編『鏡には映らない』もすばらしいと思いましたけど、今回はそれ以上でした。

なぜなら、今回は折木奉太郎という人間の根幹に関わる話だったからです。

少し大げさな言い方かもしれませんが、〈古典部〉シリーズ全体においても重要な話だったと思います。

つまり、『折木奉太郎はなぜ「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に」と言うようになったのか』、今回はその理由が明らかになる話です。

折木奉太郎は魅力的な主人公です。もちろん嫌いな人も一定数いるとは思いますが、これは多くの人間が抱いていることだとも思います。
この魅力が何に由来するのか。
それは奉太郎の心根にあります。
奉太郎は一見めんどくさがりで、何に対しても興味を持てないというような態度を見せるので、最初の段階では「ああ、こういう人間なのだな」と、ちょっと誤解されやすいタイプだと私は思います。アニメの最初の方では特にそういう印象を受けた方が多かったみたいですね。よく「やれやれ系主人公」「無気力系主人公」という声を聞きました。
しかし、物語を読み進めていくうちに、「ただのめんどくさがりではないぞ」「ちょっとこいつ変だぞ」という風に変わっていきます。(少なくとも私はそうでした)
『クドリャフカの順番』で千反田さんが言っていた「核が温かい人」というのは、ぴったり当てはまる気がします。
奉太郎は冷たい人間ではありません。それはこれまでに起きた様々な事件において、よく描かれてきました。ただ、その温かさをそのまま素直に見せることをどこかで潔しとしない部分があって、それはやはり「やらなくてもいいことなら、やらない」という彼の信条が影響しているのだろうということまでは、これまでの話でも読み取れることでした。

では、その信条は一体どのようにして生まれたのか。

実は私、今回の話を読むまで、「原因はない」と思っていました。あえて挙げるとしたら、姉の影響でそういう風な性格になったのかな、くらいにしか思っていませんでした。
普段のどこか冷めた態度は、単純にそういうものなのだろうと考えていたので、今回の話はより衝撃的でした。

同級生や担任教師が悪意を持って奉太郎に仕事や役割を押し付けていたとは思いません。悪意を持って押し付けるには、どれも些細なことだからです。しかし、それゆえに残酷です。悪意なき悪意が一番厄介です。
そしてその残酷な部分にこそ、奉太郎の心根の優しさが、核の温かさが秘められています。
奉太郎は信条を立てました。たいした信条ではありません。きっと、これが彼にとっての精一杯の防護策だったのです。
こんな信条、普通の人は持ちません。普通の人はもっと薄情で、激情です。誰かを傷つけてもおかしくありませんし、それがむしろ当たり前かもしれません。
しかし奉太郎はそうしませんでした。世の中を軽蔑したり、やけになって絶望することもありませんでした。その代わり、少しだけ諦めが強くなって、少しだけ頑なになりました。長い休日に入ったのです。
それが必ずしも正しいわけではありません。供恵姉さんも言っていました。「あんたの言ってることは間違ってないと思うよ」と。
間違っていないだけで、いつまでも休日を過ごせるわけではありません。いつかは終わりがやってきます。奉太郎が変わってしまうことによって。あるいは、誰かの手によって。
そして、奉太郎の心根は、変わってしまったでしょうか?
……もちろん、答えは決まっていますよね。

そんな奉太郎だからこそ、読者は彼を魅力的だと思うのです。
自分たちの行いがばれたことに赤面したり、生まれたほのかな想いに戸惑ったり、そんな彼を、私たちだけではなく作中の登場人物たちでさえ見直すようになってきています。
休日が明ける日は、きっともうすぐです。それが物語を結末へと導くものなのか、どのような形のものなのかはわかりませんが、長い休日は間違いなく終わりを迎えます。
彼女の手によって。

今回の話で思い出したのですけど、奉太郎は小学1年生のときにテストで1と7の区別がつかないと減点されたことがありますよね。そのときに悔しがりはしても結構あっさりあきらめてしまっているようなのですけど、こういうところがつけこまれた要因なのでしょうね。彼は自分から声高に何かを主張することはありません。それは信条とはまた別のところに原因があるようです。
本人が言っているように、なんだかんだでめんどくさがりなのは生まれつきなのだと思いました。

供恵姉さんについても触れておきましょうか。
私はもっと供恵さんが弟のことを突き放しているように思っていたのですけど(愚者の件を考えると、それがすごく強まっていました)、そうではなかったみたいです。
ただ、優しいとか温かいというのは少し違う気もします。
温かいも優しいも間違ってないのかもしれませんけど、一番正しいのは「姉らしい」だと思います。
姉だからこそ、ああいう言葉を投げかけたり、姉だからこそああいう態度ができる。
面倒見がいいとか、冷たいとか、厳しいとか、姉にもいろんなタイプがいますけど、それも全部ひっくるめて「姉らしい」態度です。言葉には表せない、姉にしかできない接し方というものがあって、供恵姉さんはそれをただやっているに過ぎないのかもしれません。
『リカーシブル』で、ハルカがサトルにそうしてみせたように、姉という立場がさせるものが、兄弟姉妹にしかわからない気持ちが、世の中にはおそらくあるのでしょう。
私は面倒を見てもらう側(つまり下の子)だったので、供恵さんの気持ちが完璧にわかるわけではありませんけど、『兄』である米澤先生にはなにかしら共通する思いがあるのかもしれませんね。

あ、真面目な話ばかりしていますけど、いつものテンション上がる素敵な場面が、今回もたくさんありました。
奉太郎が料理をしたり、文庫本をポケットに突っ込んだり(そんなことできるんだ!)、私が贔屓にしている十文字かほさんが私服姿で現れたり(その格好は予想外です! でも素敵です!)千反田さんが相変わらずかわいらしい様子を見せていて、わたし、おなかいっぱいです! おかわりください!(ぇ)
それにしても、千反田さんは慧眼だなあとつくづく思います。応用力がないことは確かなのですけど、奉太郎とは違う形で正解にたどり着くタイプではないでしょうか。千反田さんは折木さんに対して、よく“的外れ”なことを言いますけど、そういうところが本当に慧眼だと思います。素敵です。







というわけで、野性時代11月号・米澤穂信特集の私なりの感想でした。

いやー、我ながら想いをこめすぎたせいで、やたら長い感想になってしまいました。
それくらい、今回の話は気に入ったということですね。
小説もね、これくらいさささっと書ければいいんですけど……。
が、がんばります。

かおるさとーでした。
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